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手捻りクッキー

ちょっと昔の料理のレシピ本などを、たまに見るとおもしろい。 ファッションなどと同じく料理にも流行があり、それはメニューそのもの も然ることながら、食器や盛り付けなどの完成写真の方にこそ色濃く 反映されている。特に、洋食系。今時ありえないようなテーブルセッティングが 施されていたりして、思わずにやけてしまったりする。

その中でも一際、時代を感じるレシピ分野が、何と言っても「お菓子」だ。 お菓子は流行の移り変わりが激しく、ケーキのデコレーションひとつ とってみても、20年くらい前のをみると噴飯ものであることも珍しくない。 デザインが古臭いだけなら噴飯するだけで済むのだが、今から見直して みると、どうにも作り方が間違っているとしか思えないレシピも紛れ込んで いたりするのだ。

今から20年前の1980年代中盤当時、私は小学校の高学年で あった。既に、料理クラブなどのクラブ活動にも従事しており、家の 晩御飯などもたまに作っていた私は、クッキーを作ってみたくなり、 レシピ本を買い求めて早速とりかかった。

材料の分量を量り、レシピの通りに作り進めていく。ベーキングパウダー をあわせて振るった小麦粉に、タマゴと柔らかくしたバターと牛乳、砂糖を混ぜて よく捏ねる。出来上がった生地は、型抜きせずにオセロのチップくらいの 大きさに小さく丸く薄く手で形をつくり、上にカラフルな色の細かい チョコレートであるカラースプレーを振り掛けて、オーブンで焼く。 手順はレシピどおりで完璧だった。

時折オーブンの中を覗き込みながら焼きあがるのを待っていた。 最初は、もうワクワクして、はやる気持ちを抑え切れないくらいだった のであるが、数分経つと、その気持ちは否応無くしぼんでしまった。 熱いオーブンの扉の向こうに見えるクッキーが、どうも私が想像していた ものと違う。ついでにレシピにのっていた写真とも違うのだ。生地はオーブン の中でぷっくりと膨らみ、その形といえば、クッキーというよりはタコヤキ なのであった。

それでも、もっと時間が経てば、きっと平らになってクッキーに なるに違いない、という何の根拠も無い期待(というよりは妄想に近いが) を膨らませ、何とかモチベーションを維持しようと無垢な私は涙ぐましい 内なる努力を続けていた。

しかし、心の底で否定しきれなかった最悪の結果が、当然のように もたらされた。もっと焼いたら……などと言えない位に黒く焦げ始めた クッキーを、もうそのままオーブンの中に入れて置く訳にはいかなかった。 憮然としつつも仕方なしにクッキーを取り出す。

そのタコヤキ形のクッキーの周りは、きつね色を通り越してタヌキ色。 カラフルなカラースプレーは、跡形も無く溶けて蒸発してしまい、 原色のケバケバしい色が毒々しくタコヤキを覆っていて、しかも色が混ざり合い、 図工の時間が終わったばかりの片付け前の絵の具パレットのようであった。 ただ匂いだけは、かろうじてお菓子を作ったのだということを思い出させて くれる、甘ったるい匂いを放っていた。

こんな状況になっても、一応レシピの手順どおりに焼きあがった クッキーを網に乗せ、冷ます。冷めたらしぼんで平らになるかも? などとは到底思えなかったのだが、最後まで何か手を施さずには居られなかった。

冷めてもタコヤキの形を保ったままのクッキーを口に入れてみる。 モソっとしていて味噌パンのような噛み心地。黒こげに近い底面の部分は かろうじてカリっとしていた。これはとてもクッキーとは呼べない。 完成を待ちわびていた祖母の求めに応じて、嫌々ながらその物体を 差し出した。「硬くて食べられない。」と言う総入歯の祖母の一言が ずっしりと重たかった。

その頃、学校の授業で詩を書くことになった。どうにも題材が思いつかず、 時間も残り少なく迫ってきた私は、ふとこのクッキーのことを思い出し、 一度も推敲せず5分ほどでクッキーの詩を書き上げて提出した。適当に 散文を並べた後、「パンみたいなクッキー、クッキーみたいなパン。 クッキーパンと名づけた…」のようなベタな内容でしかも、苦し紛れに そのものズバリな名前までつけてしまった。まぁいいか。とにかく今を 乗り切れればそれで……。

しかし数ヶ月後、この忌まわしいクッキー事件の心のキズも癒えた頃、クラスの卒業文集に、 まるで古傷を抉るかのようにこの詩が掲載され、消し去りたい過去が 露にされたばかりか、世々保存されてしまうという、救いようの無い 憂き目が私を待ち受けていたのであった。

クッキーを作るポイントは、バターをクリーム状に柔らかくした後、 泡だて器で空気をたっぷり含ませ、砂糖を合わせて完全にバターに溶かし 込み、このバターと溶きタマゴを分離しないように完全に混ぜ合わせて乳化させ、 その後で小麦粉を練らないようにさっくり混ぜ合わせるところにある。 クリーム状になったバターと砂糖を完全に混ぜ合わせるのは難しく、 その後でバターとタマゴをふわっと混ぜ合わせるのはさらに難しいので、 ここで失敗してしまうことが多い。しかし、クリーム状に溶かしたバター に粉砂糖、パウダーシュガーを混ぜると、あっと言う間にふわっとなり、 砂糖も完全に溶けるのでサックリとしたクッキーが簡単に出来るのだ。 小麦粉を混ぜるときは、練ってしまうとグルテンが強まってサクっと しない。かといって、よく言われるように切るように混ぜる、というのも クッキーの場合は生地の水分が少なすぎてうまくいかない。そこで、 ヘラを使って押し付け、圧力でバターと粉をなじませるようにすると うまく行く。

出来上がったクッキー生地がデロっとしてギラギラ光っているようなら、 バターが溶けすぎてしまっている状態なので、しばらく冷蔵庫で休ませた 方が良い。特に型抜きをしなくても、手で適当に丸めて平らにして焼けば、 カントリー風なクッキーが焼けるが、冷蔵庫で完全に冷やした生地を 伸ばして型抜きして焼いても良い。ナッツやチョコなどの具を混ぜ込む 時は、冷やす前の生地に混ぜる。このレシピは砂糖をギリギリまで控えて あるので、甘いのが好きな場合は砂糖を1.5倍くらいに増やしても良い。


材料25枚分バター150g・レンジ弱で3分かけた後、室温で置いておく
薄力粉250g・振るっておく
タマゴL玉1個・割りほぐしておく
調味料粉砂糖(パウダータイプ)・100g
バニラオイル(エッセンスでも可)・少々
作り方柔らかくしたバターを泡だて器で混ぜてから粉砂糖を入れてマヨネーズのようになるまで混ぜ、そこに、バニラオイルを入れてほぐしたタマゴを3回に分けて入れ、白っぽくなるまでよく混ぜる
振るった小麦粉を入れてポロポロとなるまでサックリ混ぜ、ゴムベラでボウルの側面に擦り付けるようにしながら全体がしっとりするまで練らないように混ぜる
直径3cmくらいのボール状にして、オーブンペーパーの上に置き、水をつけた手で上から丸く押し広げ、5mmほどの厚さにして、180度のオーブンで15〜20分焼き、網にのせて冷まして完成
備考焼きあがったクッキーが湿っぽかったら、焼き上げたものを全部いっぺんに、100度のオーブンに入れて30分くらい乾燥焼きするとサクサクになる。
・粉砂糖を使うと生地が失敗しない。
・バニラエッセンスよりはバニラオイルを使うと焼いても香りがよく、大変高級感のあるクッキーになる。

手捻りクッキー


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