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かくし和風味のぺペロンチーノ

以前、仕事の関係で風光明媚な田舎に赴任した事があった。 そこは超ハイレベルな田舎であり住む家もまったく無いため、職員住宅 が用意されており、赴任者は居住の自由も与えられず、有無を言わさず そこへ入居しなければならなかった。

私が入居する事になる家の前に初めて立ったとき、あまりの事に 言葉も出なかった。そこは2LDKの一軒家であったのだが、ありとあらゆる 所が木造で構成されている、築40年のアルミサッシも無い住宅だったのだ。 古い古いと噂には聞いていたが聞きしに勝る、想像を絶する、とても 人間用とは思えぬ物体であった。家の裏手は崖のようになっており、 まるでトトロに出てくるような大きな木が、覆いかぶさる様に家全体を すっぽり包んでおり、文字通りお陰さまで家の中は日中でも暗かった。

私は家の中は快適でなければ納得できないタイプの人間だった ので、独り暮らしであったが家具類はたくさん持っていた。その中の一つに ちょっと変わった形のカウンターと椅子があり、大変なお気に入りだった のであるが、そのカウンターは粗大ゴミそのものの新居にはあまりにも 場違いで、場違いすぎる故に居住空間に設置してあるようには到底 見えず、誰が見ても物置にポンと置いてあるようで、もの悲しかった。

まさにお先真っ暗と言った感じであったが、非情にも日は暮れて 本当に暗くなってしまった。明日は職場へ出勤しなければならない。 こぼれてくる涙を拭いながらベッドに潜り込んだ。まんじりともせず 寝付けないままウトウトしていると、寝室の天井が突然ガタガタと波打った。 心臓が止まるほどびっくりしたが原因がわからない。もしやポルターガイスト ??と思うと恐怖の念に満ち満ちてきて死んでしまいたい位であった。

一晩中のポルターガイスト現象により寝不足のまま出勤して、 すぐさま状況を他の職員に報告した。すると「そういえばねずみが居る って言ってたなぁ」との返事。聞くところによると前に住んでいた私の 前任者は生活管理能力障害があったらしく、彼が引っ越していった後に その住宅に足を踏み入れた職員達はそのあまりの酷さに腰を抜かしたそうだ。 それでも奥様たちまで総出で家を可能な限りきれいにしてくれたらしい。はぁ…、 それでか…。どうも私は昨日から皆様に歓迎されていないのではないか? と思う節もあったのだが、私を迎え入れる住宅があまりに酷いため、 気の毒すぎて誰も私と目を合わせられなかったという事であった。 しかし「一年だけ我慢して!来年なにか考えるから。」との職場の長の 言葉には当然逆らえず、私の基本的人権は剥奪されてしまった。

一年間、筆舌に尽くし難いとはまさにこの事と言うくらい、 色々なことが起こった。入浴しようと風呂場に入ってみると、前任者は 排水溝がほぼ詰まったまま洗濯を強行していたようで、風呂場のすのこ 板の下は水深10cmの沼地となっていた。春先には柱の下側から数百匹 の羽蟻が一遍に湧き上がってきて部屋中を飛行し、初夏には台所で蜘蛛の卵が 孵って文字通り蜘蛛の子を散らし、真夏には網戸が無いため窓も開けられず 北海道だと言うのに室温35度以上の日が続き、秋には昼夜構わず誰かが 屋根に上って鉄パイプで屋根を叩き、冬は家中の隙間を苦労して目張り し24時間ストーブをつけっ放しにしているにも関わらず、部屋の中で 息が白く揺らめいていた。秋の出来事について??とお思いかと思われるので 補足しておこう。家を包んでいたトトロの木は胡桃の木であったことが 秋に判明したのだ。実った胡桃が風に吹かれて重力に従順になり、家の 屋根の上に昼夜問わず叩きつけられていた音が、私には前出の音に聞こえて PTSDになったのだ。

しかし、待ちに待った旅立ちの季節が巡ってきた。職員住宅の 管理者が調査に来たとき、「もうわかったから…」と言われるまで不満をぶつけ、 車で20分くらいの所にあった新築の独身者用公営住宅へ引越できる 事になった。これは規則から考えるとあり得ないような破格の対応で あった。その事が正式に決まったとき、仲良くしていた同い年の同僚の 顔が曇り、モジモジしながら私に向かって言葉を発し始めた。

彼女は私と一緒に赴任してきて、アルミサッシと風呂場の換気扇は 設置されてはいたが築38年の住宅へ入居していた。私の家の酷さを誰もが 知っているので泣き言を言えなかったと思うのだが、それでも大都会で 育った彼女にしてみれば出来ぬ我慢をしてきたのだろう。加えて彼女の 住宅のお隣さんはストーカーの疑いを拭い去れないヤバイ男性で、 彼女がどんなに怯えて暮らしてきたかも、イヤと言うほど私には分かっていた。 そう、彼女はしまいには涙をこぼしながら、今の住宅から引越をしたい と訴えかけてきたのであった。

しかし、私の処遇でさえ前例の無い特別な事。彼女の願いが 叶う可能性はゼロである。方法は一つしか無かった。私が、現在彼女が 住んでいる住宅へ入居し、私が引っ越す予定であった新築独身者住宅へ 彼女が入居する……(号泣)。本当にそれでいいの?と住宅管理担当者に 言われながらも手続きを変更し、彼女は新しい生活を踏み出す事になった。

彼女の引越を手伝い、少し落ち着いてから彼女の新居で手料理 をご馳走して貰う事になった。いつもは何かあると私の家にみんな集まって 私が料理の腕を披露する事ばかりだったので、彼女の手料理を食べる のは初めてであった。学生時代、喫茶店でバイトをしていたという 彼女は、そのときに覚えたと言う一風変わった和風のぺペロンチーノを 作ってくれた。ぺペロンチーノは味が薄っぺらい感じがしてあまり 好きではなかったのだが、この和風なぺペロンはコクがあって大変 美味しかった。ある意味私の人生と引き換えに手に入れた貴重な レシピである。

まず、合わせ調味料を作っておく。アンチョビペーストと おろしニンニクを器に入れ、そこへ醤油とみりん、鷹の爪の輪切り とめんつゆを混ぜる。ベーコンを炒めてからスパゲティを合わせ、 合わせ調味料で味を調える。仕上げに黒胡椒を挽いてかけたら 完成である。


材料2食分スパゲティ200g
ベーコン好きなだけ
調味料アンチョビペースト・大匙1
おろしニンニク・小匙1
醤油・大匙2
みりん・大匙2
めんつゆ・大匙1
鷹の爪・一本を輪切り
油・適量
作り方フライパンに油とベーコンを入れて炒める
茹でたスパゲティを入れて炒め、合わせ調味料を味をみながら加えて、汁気がなくなるまでさらに炒める。
器に盛り、黒胡椒を挽いて上にかける。
アンチョビが無かったらナンプラーなどで代用しても可。鷹の爪が面倒なら一味唐辛子を使っても良い。

和風ぺペロンチーノ


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